お侍様 小劇場

      “孤独な夢は もう見ない” (お侍 番外編 93)
 

      




 何ともややこしく、何とも深刻で。だが、終わってしまえばほんの数十分も無かった対峙であり。丁度同じ頃合いに町内のお空を襲った驟雨のごとくだった騒動で。とはいえ、下調べや腹の探り合い、相手の出方待ちだった期間は相当に長かったらしい“真相”についてを、一番の当事者たる七郎次が説いて聞かされたのは。何事もなかったかのように装っての家へと戻り、風呂を浴びた彼が、何とか落ち着いてから。それもまた、彼を見守っていた“草”の誰かが拾っておいてくれたのか、買い物もすべて無事に届けられていての冷蔵庫へと収まっており。そんなことを案じられるまでに落ち着いたのならばと、ローブ代わりの夏の和装、作務衣にも似た木綿地の、涼しげな甚平姿になっていた女房殿を居間へまで誘(いざな)い。まだ少々意気の上がらぬらしい萎えた身を、大切な宝物のように懐ろへと引き寄せて、ソファーへ並んで腰掛ける。深みのある藤色の湯上がり着は、なで肩の彼がまとうと妙に柔らかい印象となり。簡単にまとめてバレッタで持ち上げただけの髪や、仄かに朱ののぼる頬が何とも嫋やかな風情を醸したが、表情が優れないのは隠しきれなくて。

 「こま切れながらも事情は大かた聞いたようだが。」

 いきなり近づいて来たあの男らは、その昔、七郎次を礼金目当てに引き取って、そのくせろくに世話もせずの虐待を重ねていた家族と知り合いだった ごろつきで。一獲千金、あぶく銭ばかりを追っていたどうしようもないところがそっくりの、似た者同士で馬が合ったか、普段は近所の飲み屋や飲食店で暴れては金をせびるような小悪党だったのだけれど。ある日、宝飾展への搬入スタッフだという運送車両の運転手と飲み屋で知り合い、展示用の宝石や金塊といった莫大な値打ちのある荷を奪おうという、大それたことを企んだ。警備会社のスタッフに仲間を紛れ込ませたり、相手の陣営を薄くさせる策も打った上で、出来る限りの周到に実行に移したつもりだったが。現金や高級ブランド品とは勝手が違う、嵩張るし重いし換金も難しいブツばかりだったその上、逃げ出す途中で警備員の一人を逃走車で轢き殺してしまいもし。別件で逮捕され、そちらの事件にかかわっていたことからの追及は逃れたらしい、当時は青二才で運転手を務めただけの元・若造。そちらさんもまた、逮捕もされぬまま、金塊を独り占めしている仲間内、サネオミ一家から問題の金塊を奪い返そうと目論んだらしいのだけれど…と。そこまでを告げると、もう判ったということか、細い吐息を一つついた七郎次が、伏し目がちになってのゆるゆると億劫そうにかぶりを振って見せる。先程聞いた断片を補えば、彼らはサネオミの一家を手にかけた後、今度は七郎次を探していたようで。素人の投稿動画とやらにて、昨日の強盗騒ぎで見事な立ち回りを披露した金髪の美丈夫という格好にて、念願叶ってのやっと見つけたという運びだったらしく。まさかにそのような物騒な話の絡んだ身だったなんて、一体誰が思おうか。さすがに自分の責任の範疇ではないとの理解は持てたけれど、

 「…では、勘兵衛様は。」
 「?」
 「そのような危険な身でもあったので、
  わたしを傍にお置きになられていたのでしょうか。」

 ついさっきの今日、あんな目に遭ったように。得体の知れぬ者から付け狙われていて、何の対策も打てぬでは気の毒だからとのそれで…と。無理なく素性を隠し果(おお)せるよう、様々に手を打ち、気を配っていて下さったのであり。それならそれでの納得もいくと言いたいか、一途な眼差しが見上げて来る。常日頃からも、自身を過小評価する性分をした彼で、そんな境遇の自分だからという同情から、守りの固い傍らにも置いてくれたのであり、その背景となる詳細を広められなかった言い訳として、同性同士だというに“愛人だから”としたのじゃあなかろうか…と、

 “放っておけばそこまで突き詰める奴だからの。”

 いつだって“自分は重荷ではないのか”と、そればかりを案じ、だったらいない方がマシではないかとまで思い詰める困った女房。こちらとしては、そのように勝手な引け目を感じてしまわれてはかなわないからと、真実の全てを黙っていたのであって。そうと処断し、黙り通した自分を“よくやった”と褒めたい気分で、内心でこそりと吐息をついてから、

 「よしか? これは一切嘘偽りの無い事実。
  お主が時に儂を買いかぶってしまうような、
  巧みな裏なぞ一切ない話と心して聞け。」

 こういう念押しをわざわざせねばならぬほど、いい意味でも悪い意味からも信用がない時があるのはどうしたものだろうかと、自覚がある自分と及び腰の抜けぬ七郎次の両方への引っ掛かりを、今度は微かに嘆きつつ、

 「儂が、お主の背に曰くのありそうな刺青があったことを知ったのは、だ。」
 「………。」

 こきゅと喉を鳴らし、その双眸を見開いたまま見上げて来る愛し子へ、やはり焦らしたりはせずの直截に告げたのが、

 「親父とおふくろが事故に遭って、
  手の施しようのない重篤な身となった、
  あの いまわの際だったのだぞ?」

 「………………………………ぇ?」

 もう既に、世に言う“道ならぬ道”という種の恋路へと、共に逸れていたのちのことだと言いたいらしく。

 「二人がそこまで気づいていたかどうかは知らぬがな。」

 秘密を知る人が誰もいないというのは、却って際限のない追っ手を生みかねないからということか。かわいい義理の弟、お前がしっかり護ってやれとの遺言として、その事実を勘兵衛へだけ こそりと言い残していった両親だったのだよと言い、

 「沖縄へ行くのを渋っておった久蔵を笑えぬな。」

 はい?と、唐突にそんなことを引き合いに出した勘兵衛なのへ怪訝そうに聞き返せば。カナリアのように、柔らかくも可憐に小首を傾げる伴侶なのへと、眩しそうに目許を細めた勘兵衛で。そのまま七郎次の手を取ると、その左手の薬指に煌くシンプルな銀のリングを指の腹でそおと撫でながら、感慨深げな表情をなお深める。大切なものを守るという達成感ほど格別なものはない。ともすれば子供っぽい代物かもしれないが、これほど自分の誇りに直結しているものはなく。それを、しみじみ実感しつつ、

 「なに。少しくらいは安心させられたのかなと思うてな。」

 深色の眼差し、優しくたわめて微笑んだ御主であり。顎のお髭や伸ばした蓬髪も、重厚知的な印象を少しも侵すことなく難なくお似合いな。彫り深くも精悍、厳格で男臭いお顔にそういう甘さが載ると、どうしてだろうか ずんと男ぶりが上がってしまわれるのが、

 「……………狡うございます。///////////」

 それでなくとも愛おしいお方。それが…稚気を増しての奥深い人性をまんま現す、素敵なお顔になってしまうのは、これ以上はない反則ですと。それでも、それこそむきになってか、勘兵衛の視線を真っ向から受け止め、困ったように眉寄せる恋女房。窓からさし入る雨上がりの陽光は、綺麗に洗われた分、透明感も増しての生き生きと目映くて。やはり瑞々しくも洗われた新緑が、間近い夏の訪れを、その有り様だけで静かに告げているようだった。







   〜Fine〜  10.07.10.〜07.17.


  *何だか手痛いネタを使ったお話ですいません。
   子供への無体な仕打ちなんて、
   冗談ごとにしちゃあいけない、それはそれは深刻な問題ですし、
   痛い話は何より私自身も身がすくんでしまい、
   ドラマでもニュースでも、触れるのが苦手なのですが。
   こちらのシリーズのシチさんへ、
   記憶が苦しめるという苦痛はともかく、
   追っ手がかかるかもという“過去”へは、
   もう恐れることはないのだよと鳧をつけたくもあったので、
   ちょいと大仰ではありましたが、一騒動起こさせていただいた次第です。

  *シチさんの身のどこかに、本人も知らない刺青があるというのは
   実はどっかのお話で使いたかったネタなのですが、
   (原作に出て来る“六花”がらみのお話、
    ウチではあんまり書いたことないですし)
   本人が知らないというのは相当に無理があるので、
   結局はこんなお話で使ってしまいました。
   ちょみっとしょんぼりですが、現代劇ではしょうがないかなぁ。
   こっそり刺すなんて絶対無理な話だろうし。
   ウチの生まれ変わり編は女子高生なので尚更に、
   そうまで目立つものがあるというのは、
   金髪とか青い目とかいう以上の“重荷”にならんかとか思いますしねぇ。
   (と言いつつ、実はわたしも二の腕の内側に、
    梵字みたいな形の小さな痣がずっと消えずにありますが。)








   おまけ


 「………それにしても。」

 「わたしはいつも、駿河の方々から監視されていたのですか?」
 「ああそれか。」

 いつもいつもきっちり監視していたならば、この数年の間、あれこれと肝を冷やされたような、お主の身にかかわるてんやわんやは起きなんだとは思わぬか? そんな言いようをされ、あややと鼻白んだ七郎次なのへ、かわいいことよとくすんと笑い、

 「持ち物へとGPS対応のチップを紛れ込ませておるだけよ。」
 「う……。」

 一応、半径888m以内へは近づかぬようにという原則を強いてはおったがな。何ですかその半端な数値は。ヤードやフィートへの変換をしやすいようにとな…と、どこまで真面目か判りにくいお言いようを繰り出す御主様であり。しかも、


 「これはあくまでも儂が敷いておった仕様の話でな。」
 「…………? はい?」


 なに、久蔵は久蔵で何を仕掛けておるやら。そこまでは知らぬということさねと。要らんことを言って次男坊から恨まれないよう、お気をつけてくださいませね。
(苦笑)

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